Vol.10 No.10
【特 集】 脱炭素社会実現を先導する農林水産・バイオ技術


農業・食品分野における脱炭素の「見える化」
農林水産省大臣官房 みどりの食料システム戦略グループ    小田 雅幸
 農林水産省はみどりの食料システム戦略を策定し,脱炭素化の推進に取り組んでいる。脱炭素化技術の開発・普及のほか,温室効果ガス排出削減量やCO2 等の吸収量をクレジット化するJ-クレジット制度の農業分野での普及や生産者の脱炭素への取組の可視化(見える化)を評価する手法の開発,消費者等に向けた表示・広報の推進,食品事業者を対象とした気候関連リスク・機会の情報開示の手引きの作成等を支援している。これらは,脱炭素化に代表される環境対策を前向きにとらえる契機となりうるものであり,より多くの関係者に取り組まれることが期待される。
(キーワード:みどりの食料システム戦略,J-クレジット制度,脱炭素の見える化,気候関連情報開示)
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窒素フットプリントによるフードシステムからの
温室効果ガス排出の見える化に向けて
農研機構 農業環境研究部門 土壌環境管理研究領域    江口 定夫
 脱炭素社会実現のため,フードシステムから排出される温室効果ガス(GHG)を大幅に削減するには,食料を生産する農畜水産業だけでなく,フードシステムの主な駆動力である消費者の理解・協力を得ることが必要不可欠である。私たち一人ひとりの食生活改善(食品ロス・食べ過ぎの削減,環境負荷が小さく健康的な食品の選択)は,食の窒素フットプリント (NFP)と主なGHGの一つである一酸化二窒素(N2O)排出の大幅な削減に繋がる。NFPを活用し,私たちの食生活とGHG排出の密接な関係を定量的に「見える化」できる簡易ツールを開発し,食育等を通じて消費 者理解を進め,社会全体でフードシステム由来GHGの削減を進めたい。
(キーワード:一酸化二窒素,消費者,食育,反応性窒素,仮想窒素係数)
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牛ルーメンマイクロバイオーム完全制御によるメタン削減技術の開発
北海道大学大学院 農学研究院     小林 泰男
 昨今,家畜,特に牛において,温暖化ガス排出への寄与に関わる議論が活発になされている。牛は第一胃(ルーメン)に共生する微生物群(マイクロバイオーム)の働きにより飼料の分解発酵を行うが,発酵産物の一つであるメタンガスが槍玉に挙がっている。世界の全メタンの24%,全温暖化ガス(CO2 換算)の約4%が,牛のげっぷで排出されるメタンである。2020年より内閣府支援の大型プロジェクト(ムーンショット型農林水産研究開発事業)に採択され,マイクロバイオームの完全理解とその制御を通したメタン低減技術の開発が始まった。このプロジェクトでは,「2050年までに牛由来メタンガスを80%削減する」という高い目標を掲げているが,飼料,微生物および発酵モニタリングの3つの観点からメタン低減へのアプローチがなされている。
(キーワード:牛,メタン,ルーメン,温暖化,食料)
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プラスチックを肥料に変換する技術の開発
千葉大学大学院 工学研究院    青木 大輔
 日常生活に欠かせないプラスチックは,現在70%以上が廃棄されている。廃棄問題への対策が急がれる一方で,依然需要は大きく,地球環境の保全とプラスチック利用を両立させる革新的なリサイクルシステムの開発が望まれている。本研究では,植物を原料としたプラスチックをアンモニア水で分解することで,植物の成長を促進する肥料へと変換することに成功した。具体的には,カーボネート結合からなるプラスチック(ポリカーボネート)をアンモニア水で処理することで,モノマーである植物由来のイソソルビドと尿素に完全に分解し,分解生成物が植物の成長促進につながる肥料として働くことを実証した。
(キーワード:ポリカーボネート,アンモニア,尿素,リサイクル,イソソルビド)
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CO2 の吸収源として期待されるエリートツリーの開発と普及
森林研究・整備機構 森林総合研究所 林木育種センター
    栗田 学・田村 明・坂本 庄生
 「2050年カーボンニュートラル」の実現に向けて,CO2 の吸収源として森林に対する期待は大きい。森林総合研究所林木育種センターでは成長性に優れた「エリートツリー」の開発を行っており,2021年度末までに,スギ,ヒノキ,カラマツ,トドマツから合計1,100系統のエリートツリーを選抜した。また2013年にエリートツリー等成長性に優れた系統を特定母樹として普及する制度が新設されたことを受け,林木育種センターは指定基準を満たすエリートツリーを特定母樹に申請し,農林水産大臣により320系統のエリートツリーが特定母樹に指定されている。特定母樹の普及を進めるため,林木育種センターは都道府県等が採種園・採穂園を造成するのに必要な特定母樹の原種を生産・配布している。このようなエリートツリーの開発と普及を通して,林木育種センターは地球温暖化対策に貢献している。
(キーワード:エリートツリー,特定母樹,精英樹,優れた成長性,炭素固定)
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CO2 吸収源としての藻場の評価と形成技術の展望
水産研究・教育機構 水産資源研究所    堀 正和
 国内外でブルーカーボンへの注目が高まる中,農林水産省では2021年5月「みどりの食料システム戦略」を策定し,この中で新たなCO2 吸収源としてブルーカーボンの追求が掲げられた。2020年度からは農林水産技術会議において,我が国のブルーカーボン生態系面積の大半を占める藻場を対象に,科学的根拠を伴うCO2 吸収量評価を行うための算定手法の構築,その手法を用いた藻場によるCO2 吸収量の全国評価が実施されている。加えて,吸収源増大の切り札となる海藻養殖を含めたブルーカーボン拡大技術の構築が進められている。
(キーワード:ブルーカーボン,温室効果ガスインベントリ,長期貯留,海藻養殖,クレジット)
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青果物鮮度保持技術によるフードサプライチェーンのスマート化
旭化成株式会社    井手上 尚弘・押村 亜沙美
 旭化成(株)は,冷蔵機能を使用せず常温環境下での青果物の鮮度保持輸送を実現する「Fresh LogiTM(フレッシュロジ)」を2022年4月に事業化した。現状の青果物の輸送・保管においては,輸送中の青果物の鮮度劣化によるフードロスの発生や,青果物を輸送するトラックドライバー不足による輸送力の低下といった課題が生じている。Fresh LogiTMは,高断熱・高気密性の「密閉ボックス」と「鮮度保持システム」を活用することにより,これらの課題を解決し,フードサプライチェーンをスマート化することを目的としている。
(キーワード:鮮度保持,高断熱・高気密性ボックス,フードロス,フードサプライチェーン,鮮度予測,モーダルシフト)
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フードロス削減と社会貢献を目指す食のソーシャル
グッドマーケット(ECサイト)「Kuradashi」
株式会社クラダシ
 クラダシは,「もったいないを価値へ」をモットーに,1.5次流通という通常の流通ルートを毀損しない全く新しいマーケットを創出し,様々な理由により通常の流通ルートでの販売が困難な商品を協賛価格で買い取り,ソーシャルグッドマーケット「Kuradashi」で販売することでフードロスの削減に取り組んでいる。さらに売上の一部を社会貢献活動団体に寄付することで,「目標12:つくる責任 つかう責任」をはじめとした,SDGsの様々な目標達成に貢献することを目指している。またクラダシの取り組みは省庁からも評価され,農林水産大臣賞・消費者庁長官賞・環境大臣賞など,省庁を横断する形で様々な賞を受賞している。
(キーワード:フードロス,食品ロス,SDGs,社会貢献,地方創生)
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