Vol.9 No.11
【特 集】 産業化が進む花きの新品種開発


花き園芸植物における品種の特徴と
最近の特徴的な品種について
千葉大学大学院 園芸学研究科    三吉 一光
 花きの営利栽培は,高品質の生産物を目標とする日に収穫するために,高度な技術を使って集約的な管理が行われる。このため,品種に求める水準は相対的に高い。また,花きは品目が多いため,一品目当たりの育種における人的ならびに経済的な投資が必ずしも十分でない場合も多い。しかし,ブリーダーの努力により,鑑賞対象である花の色,形,大きさの変異拡大といった花き育種の王道ともいえる形質の改良にも新たな動きがみられ,さらには嫌悪形質である花粉の排除や,鑑賞期間が長くなる日持ち性の向上,芳香性ならびに病害抵抗性が付与されるなど,花きの育種は着実に進歩している。
(キーワード:花き,育種,園芸植物,花色,雄性不稔)
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トルコギキョウの細胞質雄性不稔性を利用した無花粉品種開発
株式会社サカタのタネ 研究本部    小関 敦
 細胞質雄性不稔を利用した無花粉品種は,切り花ではヒマワリやユリなどで開発されているが,トルコギキョウでは初めてである。無花粉のメリットとして,花粉による花や衣類などへの汚損がなくなり,また,受粉による日持ち低下が起きないことがあげられる。
 一方で,バラ,キク,カーネーションと並んで世界的に人気となっているトルコギキョウであるが,主な品種育成が日本で行われているのはあまり知られていない。ここでは,今までの日本のトルコギキョウ品種育成の過程を踏まえつつ,弊社の無花粉トルコギキョウの開発から,商品化された無花粉品種について紹介する。
(キーワード:トルコギキョウ,無花粉,細胞質雄性不稔,日持ち性,PF)
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べと病抵抗性を有する切り花用ヒマワリ品種の育成
株式会社サカタのタネ 掛川総合研究センター    中川 雅博
 ヒマワリはポジティブなイメージがある花であり,特に夏の切り花として需要が大きい。日本で育成された切り花用品種が世界的に利用され,需要を喚起した品目でもある。近年,ヒマワリの切り花生産に致命的な影響を与えるべと病の発生が深刻化する一方,ヨーロッパではべと病に効果的な殺菌剤の使用が制限されてきており,べと病抵抗性品種の重要性が高まっている。ヒマワリの切り花生産は他の品目に比べてエネルギー投資が少なく,さらにべと病抵抗性品種を用いることで減農薬になるため,国際的な開発目標であるSDGs(Sustainable Development Goals)への貢献にもつながると考えられる。
(キーワード:ヒマワリ,切り花,べと病,病害抵抗性,SDGs)
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良日持ち性ダリア品種の拓く世界
農研機構 野菜花き研究部門    小野崎 隆
 日持ち性は,花きの重要な育種目標であり,著者らは交雑育種によるダリアの日持ち性の向上に関する研究を2014年より行ってきた。切り花の日持ち日数を指標とした選抜とその選抜系統間での交雑の繰り返しにより,ダリアの日持ち性を改良可能であることを明らかにした。良日持ち性に加え,その他の形質についても対照品種と同等以上の特性を示す系統を選抜し,‘エターニティトーチ’,‘エターニティロマンス’および‘エターニティルージュ’として品種登録出願した。これらの良日持ち性ダリア品種の育成経過と特性,ニーズ調査結果,全国普及に向けた現況,今後の展望を解説する。
(キーワード:ダリア,良日持ち性,日持ち日数,新品種,交雑育種)
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ユリ無花粉品種の雄ずいの形状で異なる無花粉特性
秋田県農業試験場    佐藤 孝夫
 ユリの新たな形態として,無花粉の品種開発が進められており,秋田県農業試験場ではアジアティックハイブリッド系ユリで,無葯無花粉の品種‘秋田プチホワイト’等を育成している。しかしながら,選抜時に無花粉でも栽培期間に遭遇する温度条件によって花粉形成が回復する温度感応性の雄性不稔性を有している個体もあり,花粉形成が回復する条件等を調査したところ,ユリ無花粉品種の雄ずいには,様々な形態があり,有葯無花粉の雄ずいであれば安定した無花粉特性が発現されると推察された。当農試で開発したシンテッポウユリ新品種’あきた清ひめ’は,シンテッポウユリにおいて初めての無花粉品種で有葯無花粉の雄ずいを有しており,その無花粉特性は安定している。
(キーワード:ユリ,シンテッポウユリ,無花粉,雄性不稔性,温度感応性雄性不稔)
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香りのペチュニア‘F1ブルームーン’の育成
タキイ種苗株式会社 長野研究農場    羽毛田 智明
 観賞用に利用される花きの育種は,色と形あるいは生態的特性の改良が主に行われてきた。香りの育種については,さまざまな取り組みがあるものの,香りの品種が十分に普及しているとは言いがたい状況にある。主要な一年草の一つであるペチュニアにおいても,香りを特徴とする品種の育成は世界的にもほとんどない。タキイ種苗では,バラのような香りを有する品種‘F1ブルームーン’を育成した。(国研)農研機構野菜花き研究部門による香気成分の分析により,本品種の香りの新奇性が裏付けられた。花きにおける芳香性育種の現状および本品種育成の経緯等を紹介する。
(キーワード:花き,芳香性育種,香り,ペチュニア,香気成分分析)
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ニチニチソウ黒系品種‘Jams‘N Jellies Blackberry’の
発色機構
千葉大学大学院 園芸学研究院    出口 亜由美
 夏の花壇を彩るニチニチソウは白やピンクといった鮮やかな花色が主流である。しかし,近年,黒に見える落ち着いた花色の品種が登場した。黒系品種‘Jams‘N Jellies Blackberry’は他の花色の品種とは異なる構造のアントシアニン色素を多量に蓄積しており,さらに,この色素が細胞液胞内で凝集体を形成していた。この珍しい色素蓄積が黒色というユニークな花色の発色に関わるものと考えられる。ほかにも黒色発色を助長する可能性のある形質が見つかっており,当品種はニチニチソウに新たな花色を加えただけでなく,花色発現に関わる植物の新たな生理機能を解明でき得る格好の研究材料でもある。
(キーワード:アントシアニン,AVIs,花色,色素,ニチニチソウ)
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花き品目におけるF1倍数体育種
千葉大学大学院 園芸学研究科    近藤 悠
 倍数体育種は染色体倍加によって倍数体を誘導し,倍数体の特徴である器官の巨大化や環境耐性,花色の濃色化を既存の植物に対して付与する育種法である。しかし,倍数体育種には倍数体の誘導や選抜に多くの労力と時間がかかるため,その利用は一部にとどまっている。しかし,近年,筆者らが報告したキンギョソウやトルコギキョウにおける種子への染色体倍加法では,簡便かつ高頻度で倍数体の誘導が可能となった。この新規の倍数体誘導法と従来のF1育種法を組み合わせると,多くの花き園芸品目において,これまでほとんど存在しなかった倍数体F1品種の作出に道が拓け,新奇鑑賞形質を持った商業品種の発表が期待される。
(キーワード:倍数体育種,F1品種,プライミング,キンギョソウ,トルコギキョウ)
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