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イ族の火祭り

 洋の東西を問わず、かつて農作物の害虫対策は“神頼み”であった。日本ではそうした行事のひとつとして「虫送り」の風習が各地にあった。時期、やり方、 名称などは地方によって異なるが、ほぼ5〜8月ころ、わら人形を作り、村中総出で鉦・太鼓ではやしながらたいまつをかざして田の回りを練り歩く。 最後はわら人形を海や川に流して害虫の退散を願うのが一般的である。これは観光行事に変化しつつも現在なお各地に継承されている。

 話し変わって中国は少数民族の故郷の雲南省。ぼくは仕事でここ数年毎年この地を訪れているが、今年の8月、ここで人口660万人を擁するイ(彝)族の火祭りを見た。 彼らには古来旧暦の6月25日から3日間、盛大な火祭り(火把節)を行う伝統があり、ぼくの訪問はたまたまその時期に当たった。 昆明市内にある観光用の「民族村」で夕方から夜半に開催と聞き、ぼくも早速見物に出向いた。
 いつもさして混んでいない民族村も、この夜だけは観光客でごったがえし、イ族以外の少数民族まで各所でそれぞれ付和雷同型?の火祭りのまっ最中であった。 広場の中央の大きなたき火を囲み、たいまつをかざした民族衣装の老若男女がテンポの早いリズムに乗り、観光客を巻き込んで踊りまくる。 喧噪の盆踊りといった風情であった。

 ただ、この火祭りは、雲南省の観光開発とともに、近年こそ観光色が強くなったが、そもそもは村中総出で太鼓を鳴らし、たいまつをかざして田の回りを練り歩き、 害虫の退散を願うのが近年まで農村地帯で行われていた本来の姿であった。たいまつの灯りに虫を集めて送り出すのがねらいだったという。

 おや、この話、冒頭の日本の「虫送り」とまったく同じではないか! 日本人の起源についての諸説のひとつに、稲作農業は中国南部の少数民族がもたらしたという説がある。 また、彼らの風習や神話は日本との共通性が高いともいう。はたして「火把節」と「虫送り」の由来は偶然の一致なのであろうか。ぼくが今見ているものは、 われわれと共通の祖先が遺してくれたものかもしれない……その思いにかられ、ぼくはしばし強いデジャヴにとらわれた。

[研究ジャーナル,22巻・12号(1999)]



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