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オス不要

 1976年、愛知県下の水田で、イネの葉をカスリ状に食害している見慣れない小甲虫がみつかった。調査の結果、アメリカ原産のイネ害虫で、輸入干し草に成虫が潜んで密入国したらしいことがわかり、 日本ではイネミズゾウムシと名付けられた。成虫はイネの葉を、幼虫は根を食害し、とくに山間部の水田で被害が大きく、必死の防除が行われた。しかし、そのまん延は早く、 今日では全国の水田地帯でやっかいな害虫となってしまっている。
イネミズゾウムシの成虫 稲の根の間に作られた土マユ
イネミズゾウムシによる稲苗の欠株
(愛知県下,1981年7月)

 さて、この虫は、日本ではメスだけで増殖する“単為生殖者”である。このような性質はほかの虫でも例は多く、メス1匹だけで子孫が残せる点では、 新天地への侵入定着に有利な条件を備えているといえる。

 ところがイネミズゾウムシの場合は、原産地と目されるアメリカ合衆国東南部では、ちゃんとオスもいて、通常の両性生殖を行っているのである。 にもかかわらず、大陸の中で分布を広げ、1959年にカリフォルニアで初めて発見された個体群は、すべてメスばかりであった。

 おかげで、日本へはカリフォルニアから侵入したことがほぼ特定できるのだが、ロッキー山脈を越えて西海岸に達したとき、なぜ単為生殖者になってしまったのか、 そのカラクリはナゾである。虫が変わるのに、必ずしも地史的年月は必要ないのかもしれない。

[朝日新聞夕刊「変わる虫たち」,(1989.3.7)]



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