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闘コオロギ

 東京のさる骨董(とう)店で面白いものを見つけた。小さい筒型のヒョウタンの口を切って象牙の枠をはめ、精巧な透かし彫りの黒檀(たん)のフタをかぶせたもので、 16万円の値が付いていた。店主がぼくに「それが何だかわかるか」と聞いたので、「コオロギの容器だ」と答えると、「正解したのはあなたが初めてだ。 曲げてあなたに買ってほしい」という。結局、それしか持ち合わせのなかった1万円でぼくは思わぬ珍品を入手した。

闘コオロギの容器のふたの彫刻
(中国清時代)
胴はヒョウタン ふたは黒檀と象牙
闘コオロギ容器のいろいろ
(清時代)
 ナワバリ性の強いエンマコオロギのオスを闘わせる「闘コオロギ」は、中国独特の遊び(正しくはバクチ)で、千年を超える歴史を持つ。もともとは宮廷で発祥したが、 やがて庶民に普及し、老若男女を問わず中国の全国民的なイベントとして発展をとげた。この間、コオロギの飼養や採集技術が高度に発展し、 専用の多彩な漢方薬まで開発された。北京には全国からコオロギ商が集まり、“虫市”がのべつ開かれ、強いコオロギはとほうもない高値で取り引きされたという。

 闘いは、2匹のコオロギを大鉢の“競技場”に入れて行われる。棒につけたネズミのヒゲでコオロギを刺激して怒らせると、口で咬(か)み合うケンカになり、 逃げたり飛び出したりした方が負けになる。重量制の採用など、複雑なルールも定められ、子供までそれなりの金を賭(か)けて熱中したという。 当然、関連の道具類も華麗に進化し、高級なものはまさに芸術品の域に達している。前述の容器もその一つで、同類は映画「ラストエンペラー」にも登場している。

フタホシコオロギの戦士たち(左)と闘争風景(昆明市内、1995・8)
 さすがに新生中国になって、闘コオロギはマージャンと共に禁止されたと聞いていたが、先日某テレビ局の深夜番組で、最近上海で開かれた闘コオロギの全国大会の模様が放映された。 闘コオロギが庶民という強い味方に支えられて生き残り、その生みの親である栄華を誇った宮廷が亡(ほろ)びたのは皮肉である。禁止どころか、闘コオロギは今も伝統の火を明々と燃やし続けているらしい。

[北海道新聞夕刊「オーロラ」,(1990.3.24)]



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