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片道飛行

 コナガ(小菜蛾)は文字どおり、幼虫がアブラナ科野菜を食害する小さいガである。1年に何回も発生して増殖力も大きく、殺虫剤には耐性を発達させ、 世界的な大害虫として名を馳(は)せている。日本でもキャベツの周年栽培が盛んになった1960年代から被害が問題化し始め、今日ではもっとも防除しにくい最大の野菜害虫のひとつとなっている。

 コナガは熱帯起源の虫で寒さに弱く、理論的には北海道で冬を越すことはできない。しかし、実際には北海道でも、カナダや北欧でも、夏には畑で被害が生じているのである。

 1958年、英国でコナガが大発生した時の研究で、さまざまな傍証から、このガがヨーロッパ大陸から大挙飛来したことが推定された。またカナダのコナガも、 今はアメリカから毎年飛来してくることが定説化し、移動距離も一説では、3,000kmを超えると考えられている。
コナガの成虫 コナガの幼虫

 これが事実なら、コナガにとっては、南日本から北海道に飛ぶくらいは“朝飯前”のことであろう。かつてぼくは、冬の札幌でタイナ畑の雪を掘り、 コナガをさがしたことがある。見つかったのは数匹の幼虫の死体だけだったが、一方の“長距離移動”の確かな証拠もまだない。

 コナガの成虫は2〜3週間生存し、時間的には余裕があるが、この小さい体に長距離を飛ぶエネルギー源を積むのは無理である。大移動があるとすれば、 近年ウンカで明らかにされたように、季節風を有効に利用しているのであろう。

 これまでに分かっている長距離移動性害虫の多くは、移動した先で夏の間に増殖し、冬までにはすべて死に絶える“片道飛行”である。 しかし、こうした“無駄”に地史的な年月が加わると、いつの日か旅先で冬を越せるミュータントが生じるかもしれない。 虫にとってはこうした無駄もまた勢力拡大へ向けての進化の“戦略”なのであろう。

[北海道新聞夕刊「オーロラ」,(1990.3.3)]



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