Vol.13 No.5
【特 集】 農業知財を守る・育てる


我が国の農林水産・食品の知的財産としての保護・活用に向けて
農林水産省 輸出・国際局    中西 功
 我が国農業の国際競争力の源泉は優れた植物品種や家畜遺伝資源,高い技術やノウハウ,特有の食文化などの知的財産である。これまで有用な知的財産が創出される過程において,地域農業への普及が重視され,国内市場が専らターゲットとされてきた。一方,グローバル化やデジタル化に伴い,農林水産物・食品を含む大量の物資の国境を越えた流通が活発化する中,世界的な需要の拡大によって日本の食材・食品・食文化に対する海外の関心が高まり,また我が国の農林水産物・食品は世界で高い評価を受け,輸出の拡大につながっている。そのような環境の変化において,我が国が競争力を発揮していくためには,有用な知的財産を戦略的に保護・活用していくことが重要である。具体的には,輸出拡大や海外ライセンスの実現に向けての必須課題である優良品種の保護・活用を推進する,あるいは知的財産により海外市場を取り込み,新たな「稼ぎ」の柱を創出するための,実践的な知的財産の保護・活用の環境整備を進める必要がある。
(キーワード:知的財産の保護・活用,輸出促進,付加価値向上,知財サイクル,知的財産戦略2025)
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JATAFF における農業知財保護活用の取り組み
(公社)農林水産・食品産業技術振興協会    永田 明
 公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会(JATAFF)は前身の社団法人農林水産先端技術産業振興センター(STAFF)の時代から,2002年に「植物品種保護戦略フォーラム」を設立するなど植物の新品種の保護を中心に農業分野の知的財産の保護活用に取り組んできた。また2016年度からは農林水産省の補助を得て農産物の輸出促進対策の一環として海外における品種登録出願の支援をはじめ主要国の市場規模,侵害リスク,関係機関などの調査,流通品種データベースの整備,特許・商標などを含む農業知財マネジメント人材の育成,品種保護分野における国際協力など農業分野の知的財産の保護活用に幅広く取り組んでいる。
(キーワード:農業知財,品種保護,農産物の輸出促進,知財マネジメント,国際協力)
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育成者権管理機関支援事業実施協議会における取り組み
農研機構 企画戦略本部 兼 知的財産部    堀部 敦子
 種苗法の改正等に伴い,育成者権をはじめとする知的財産権の適切な管理と活用がより注目されている。農林水産省においてまとめられた「育成者権管理機関の設立」という方向性を踏まえ,現在,農研機構を代表機関とする「育成者権管理機関支援事業実施協議会」において,育成者権管理機関の設立に向けた様々な調査検討や,国内外における知的財産権の取得,侵害対応,苗木管理システムの開発などに取り組んでいる。このような活動を通じ,育成者権を中心とする知的財産権を積極的に活用し,得られた許諾料収入を新たな品種開発に充当するなど,積極的な「品種創造サイクル」を展開していきたい。
(キーワード:育成者権管理機関,ライセンス,侵害対応,苗木管理システム,品種創造サイクル)
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日本との比較から見た中国の農業知的財産制度
一般財団法人日中経済協会 北京事務所    山田 智子
 中国の知的財産権法は,植物新品種に関するものを含め,すでに日本と同程度に整備されている。権利者による権利の取得,行使も日本以上に活発であるが,その裏には侵害事例が絶対数として多いということがある。不適切な種苗も流通しており,中国政府は取り締まりを強化しているが,農業分野の知的財産全般に関する戦略は策定してない。このような概況を踏まえ,総論として日中では農業分野の知的財産の位置づけや取り組み方が異なること,また知的財産の保護には規制法が有効な場合があることを紹介し,各論として中国の植物新品種に関する制度と植物遺伝資源に関する基本政策,地域ブランドの進展状況などを紹介する。
(キーワード:中国知的財産制度,中国種子法,植物新品種,遺伝資源,地域ブランド)
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中国における果樹産業の現状
―品種育成と普及―
ECASジャパン株式会社     西村 潤
 日本において中国の果樹生産に関する確かな情報を知る機会は少ない。最近では苗の違法持ち出し禁止の強化が必要,シャインマスカットのように本来得られるべき品種使用に対する対価が損なわれているなど,情報がかなり限られているように見える。ここでは中国に対する問題点の提起ではなく,まず中国果樹生産の現状について栽培される品種に関しこれまで知り得なかった情報分析を試みた。今後中国の法令にのっとった品種保護を進め中国果樹産業に対して積極的に日本品種の活用を図るための基礎的資料として活用いただきたい。
(キーワード:生産規模,日本品種,中国品種,品種保護,権利化と品種販売)
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チリを事例とした南半球諸国の果樹産業,育成者権および苗の取り扱いの事情
筑波大学    渡邉 和男
 本稿では,果樹の生産および輸出が顕著な南半球のチリに焦点を置き,果樹産業,育成者権および苗の取り扱いの事情を概説する。本稿の情報は,つくばグローバルソリューションズ株式会社との共同調査情報に基づくものである。
 南半球諸国は,柑橘(かんきつ),落葉果樹やイチゴを需要の大きい北半球の欧米や中国の端境期に新鮮な青果として供給できるため,自国需要だけではなく輸出産業としての位置付けが著しい。また,グローバルサウスの間の取引も顕著となってきている。
 チリは過酷な乾燥環境域に位置し,中長期的な視点では果樹生産はリスクが大きく,収入が不安定な可能性の高い国である。特に,著しい環境変動の影響や水不足は,栽植した苗木が枯死するようなことが今でも多々ある。このような状況と国際市場での果樹種および品種の需要変遷を迅速に判断し,果樹園の立ち上げと運営を行っている。果樹種やその品種は,輸入国の動向を把握し,独自性を保つために年々変動がある。
 例えば,ブドウ生産では,海外の人気品種の導入を積極的に行い,導入検疫,育成者権の保護,権利管理および健全な苗を供給できる苗産業などを体系的に行っている。栽培面積は南半球の諸国と比べると大きくはないが,このような体系的かつ組織的な産業の管理と政府の支援があって強い輸出産業となっている。
(キーワード:育成者権,苗産業,検疫,サプライチェーン,グローバルサウス)
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果実品種のライセンシング
―国際市場でプレミアム品種のポテンシャルを引き出す―
株式会社メロス    小倉 千沙
 高付加価値果実品種の育成者権や商標権などの知的財産をうまく活用し,戦略的に市場拡大と高価格維持の両立を図り,品種の持つ価値を最大限に引き出すことを狙うビジネスモデルが広がっている。成功には優れた品種の開発が前提だが,流出を防ぐには信頼関係に基づくパートナーシップが重要となる。この知財ライセンシングは北米,欧州だけでなく,中南米,南アフリカ,アジアにも拡大しており,適切に運営すればサプライチェーン全体の利益につながる。今後の日本品種の海外進出と,海外の優れた品種の日本での生産拡大での活用が期待される。
(キーワード:果実品種,植物育成者権,商標権,ライセンシング)
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