Vol.13 No.4
【特 集】 我が国の米の多収生産技術の現状と課題


本特集のねらいと概要
(公社)農林水産・食品産業技術振興協会    安東 郁男
 世界的な食料需要の増加や国際情勢の不安定化や気候変動等に伴い,食料安全保障の重要性が増す中,本特集では,我が国の農業生産の将来予測を踏まえつつ,米の単収を向上させる多収栽培技術についてその現状と今後の課題について考える。
(キーワード:米,稲,多収,食料安全保障,地球温暖化)
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食料安全保障の長期ビジョンを踏まえた「米の多収生産技術開発」の必要性
株式会社三菱総合研究所    武川 翼
 本稿では,農業生産基盤(主に耕地面積)と主食穀物の国内供給・国内需要の将来推計を基に,「米の多収生産技術開発」の必要性について検討を行う。多収生産技術開発は,2つの観点から必要である。1点目は,食料自給力指標の観点である。技術開発により米の反収が平均的にあがると,有事の食料安全保障に関してプラスに働く。2点目は,米の国内供給量拡大の観点である。将来的に米の需給ギャップが予想される中,(条件付きではあるが)多収生産技術開発は国内供給量拡大に貢献しうる。また,米の反収の国際間比較(主に主要産出国)を通じて,多収生産技術開発の可能性について確認する。
(キーワード:食料安全保障,食料自給力指標,農業生産基盤の将来推計,主食用米の国内需要・供給量の将来推計,米の反収の国際比較)
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新たなモデルによる地球温暖化に伴う水稲生産への影響予測
農研機構 農業環境技術研究部門    石郷岡 康史
 将来予測される温暖化による農業への悪影響が危惧されていることを踏まえ,わが国の主要穀物である水稲についても収量や外観品質への影響と,影響軽減のための適応策導入の効果の定量的な評価が継続的に実施されている。一方,温暖化条件下で想定される生育環境の変化への作物生理応答に関する研究の進展に伴い,新たな知見を考慮に入れた影響予測手法が開発されたことで,以前行われた温暖化影響評価結果の再評価が必要となっている。本稿では,水稲を対象とした屋外での環境制御実験から得られた高温と高COの複合影響に関する知見を考慮した手法により,再度水稲の収量と外観品質の予測を行い,以前の予測と比較して収量,外観品質とも影響が大きいことが示された。
(キーワード:水稲,収量,白未熟粒,FACE 実験,高温・高COSUB>2複合影響)
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日本における多収性を追求した稲の品種開発
農研機構 作物研究所    後藤 明俊
 米の生産過剰傾向がある中,水田環境を維持する目的で,飼料用や加工用として収量限界に挑む水稲の超多収品種の開発が進められてきた。この結果,近年では日本の平均収量が537kg/10a であるのに対し,各地域で栽培条件次第で900kg/10a の収量事例に到達できる水準の品種が開発されており,中には1,000kg/10a を超える収量事例を持つ品種も存在する。インド型品種や大粒品種等の遺伝資源を母材とした収量限界を目指す水稲品種育成について解説する。
(キーワード:水稲,多収,品種,インド型,大粒)
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スタートアップ企業による次世代型ハイブリッドライスの開発と普及
水稲生産技術研究所    地主 建志
 「ハイブリッドとうごうシリーズ」は,雑種強勢がもたらす超多収性とDNA マーカー育種法が可能とするオーダーメード型品種提供を両立させたものとして,2012年のリリース以降,国内各地への普及が進んでいる。本年度からは,さらなる改良を施した「第2世代ハイブリッドとうごうシリーズ」がリリースされ,従来品種群の不安定要因であった耐倒伏性や登熟性等の改善および自殖品種同様の簡便なF1種子生産を可能とする「混播採種法」の適用が現実のものとなった。本稿では,民間のスタートアップ企業として育種事業を展開する(株)水稲生産技術研究所におけるハイブリッドライスの開発の現状について紹介する。
(キーワード:ハイブリッドライス,DNA マーカー,オーダーメード育種,多収性,民間育種)
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イネの理想型を追求した国内最多収系統の開発
国際農林水産業研究センター     高井 俊之
 イネの収量性は育種技術の進展とともに向上してきたが,いかなる育種技術を用いる場合にも,収量向上に繋がる理想型(ideotype)の設定と,それに基づく改良が不可欠である。本稿では,国内の多収品種の収量性向上に求められる理想型を定義し,その理想型の実現に必要な遺伝子MP3を同定し,これを活用して国内最多収系統の開発に至った著者の研究成果を紹介する。また,担い手不足が深刻化する日本の稲作において,MP3の活用がもたらす可能性についても展望する。
(キーワード:イネ,穂数,シンク,ソース,理想型,MP3)
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我が国における米の単収向上の現状と展望
農研機構 中日本農業研究センター    吉永 悟志
 我が国における米の多収生産については,多収穫事業での土壌改良や密植,多肥などの技術適用や多収品種の利用により高収量が達成されるとともに,海外と比較して低い日射量の条件でも近年育成の多収品種の活用により高収量が記録されている。これらの多収品種は多様な遺伝的背景を有するため,品種特性に対応した栽培条件の適用が重要となる。また,近年は良食味と多収を両立する品種が育成され,窒素利用効率が高く,施肥量を抑えつつ増収が可能となっている。今後は,気候変動に対応した病虫害耐性の付与や有機物を活用した持続性を考慮した栽培技術の確立が求められる。
(キーワード:米作日本一事業,インド型品種,日本型品種,収量,水稲)
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水稲の再生二期作技術の開発・普及に向けて
―気温上昇を生かした稲作への挑戦―
農研機構 中日本農業研究センター    中野 洋
 水稲は複数年にわたって生育し続ける多年生の性質を持つため,収穫後に切株からひこばえが発生する。地球温暖化が進んで国内の気温が高くなり,水稲の生育可能期間が長くなると,通常の二期作は行えないものの,ひこばえを栽培・収穫する再生二期作が行える地域が国内で増加すると考えられる。私たちの研究グループでは,食味多収品種を活用した水稲再生二期作超多収技術の開発を目指し,「にじのきらめき」を用いた試験を行った。その結果,早い時期(4月中旬)に移植し,地際から高い位置(40 cm,通常 10 cm)で一期作目を刈り取ると,切株に蓄積したデンプンや糖等の増加を通じて再生が旺盛になり,一期作目と二期作目の合計でおよそ1t/10a の多収が得られるとともに,二期作目の食味の低下が抑制されることを明らかにした。本稿では,研究成果について具体的に紹介するとともに,当該開発技術の普及拡大に向けた課題およびその対策について述べる。
(キーワード:水稲再生二期作,良食味多収品種,にじのきらめき,地球温暖化)
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