Vol.7 No.10
【特 集】 鳥獣害対策研究の最前線
―プロジェクト成果と若手研究者の視点―


野生鳥獣による農作物被害の現状と対策研究の最前線
―本特集のねらい―
農研機構 中央農業研究センター    竹内 正彦
 本誌での5年ぶりの鳥獣害特集に当たり,この間の変化を踏まえて鳥獣被害統計を検討した。鳥獣全体の被害額は減少傾向を示しているが,減少理由の検証は不十分であり,被害の統一的な把握,報告手法を確立させる必要がある。この間,国の農林水産研究,環境研究において鳥獣害対策関連の研究が展開されている。そのうちの2プロジェクトをご紹介願う。また,後者によって進められた捕獲個体の埋設に関する新知見を解説いただく。さらに,農研機構鳥獣害分野の若手研究者による研究成果を4つ紹介いただく。これら5件の研究は,これからの鳥獣害対策研究,技術開発を指し示す成果であり,最前線からの話題として提供したい。
(キーワード:鳥獣害,被害対策研究,研究促進)
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ICTをはじめとした先進技術と地域の力による獣害対策
―革新的技術開発・緊急展開事業(地域戦略プロジェクト)の成果紹介―
兵庫県立大学 自然・環境科学研究所    山端 直人
 革新的技術開発・緊急展開事業(地域戦略プロジェクト)等により,「省力的で効果的な捕獲のシステムの開発」,「捕獲個体の省力的な止め刺し技術」,「集落・農地と山林双方での併行的な捕獲技術」,「サル群の選択的な捕獲技術」等を開発するとともに,「既往技術と併せた被害軽減の実証と導入手法の検討」等に取り組んできた。その結果,「ロボットまるみえホカクン」,「簡易電気止め刺し器」,「山林と農地での併行捕獲技術」,「サル加害個体の選択捕獲技術」など,新たな機器や技術が開発された。そして,被害対策と併せ,これらの新技術を導入した実証地域では,広域でサル群の管理やシカ密度の低減が進み,地域の被害も大幅に低減できた。
(キーワード:ICT,開発,獣害,実証,地域)
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捕獲個体の完全活用プロジェクト
―捕獲個体の回収システム確立,減容化および再資源化―
農研機構 中央農業研究センター     平田 滋樹
 イノシシやニホンジカ等の野生動物と人間とのあつれきが深刻化する中,全国各地で捕獲強化や捕獲個体の食肉利用などの取り組みが行われている。しかしながら,その利用率は10%程度と低く,食肉利用できない個体や部位の処分負担が捕獲強化の課題となりつつある。
 本プロジェクトでは捕獲従事者が個々で行っている捕獲個体の処分を一時保管施設にストックして効率的に回収し,集約した捕獲個体を微生物分解処理や化製処理により運搬や保管しやすいように重量や体積を減容した。また,その生成物の成分分析等により安全性や有効性を確認し,実際に養殖魚や農作物の肥育試験を行って効果を検証し,捕獲個体の飼料・肥料原料としての再資源化を図った。
(キーワード:野生動物管理,化製処理(レンダリング),減容化,再資源化,飼料・肥料原料)
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捕獲個体(ニホンジカ)の放置・埋設が土壌水に及ぼす
影響のモニタリング
森林研究・整備機構 森林総合研究所     古澤 仁美・八代田 千鶴
 捕獲個体(ニホンジカ)の地表面放置および埋設が土壌水中の窒素濃度に影響を及ぼす可能性があるため,埋設深度を0m(地表面),0.5m,1.5mの3段階に設定してシカを1頭ずつ埋設する試験を実施し,2年にわたり土壌水を採取して硝酸イオンメーターで硝酸態窒素濃度を測定した。地表面に設置した個体の直下土壌の硝酸態窒素濃度は一時的に高くなって速やかに減少した。一方,1.5m深さの埋設では2年近く経っても高い硝酸態窒素濃度が検出された。硝酸イオンメーターとイオンクロマトグラフの測定値とを比較した結果,硝酸イオンメーターは過大評価する傾向があるものの,大まかなモニタリングには有効であると考えられた。
(キーワード:硝酸,イオンメーター,分解,採食)
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イノシシ用電気柵の設置段階に発生するヒューマンエラーと
普及指導の効果
農研機構 東北農業研究センター 農業放射線研究センター    藤本 竜輔
 広く普及しているイノシシ用電気柵による進入防止技術は,正しく使えば有効に機能する技術であるが,実際には様々なヒューマンエラーによって十分な効果が発揮されていない場合が多い。そこで福島県を事 例地として設置段階のヒューマンエラーを調査し,類型化と効果的な解消方法の検討をおこなった。13タイプのヒューマンエラーが記録され,普及指導によって解消されることを示した。また,地形に起因するタイプの解消 効果が低いことから,これに注力した普及指導や新たな資材開発が効果的な対策に結び付くことを示した。
(キーワード:獣害対策,イノシシ,電気柵,ヒューマンエラー,普及指導)
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ニホンジカはどのようにして柵内へ侵入するのか?
―隙間通り抜け能力に関する研究―
農研機構西日本農業研究センター     堂山 宗一郎
 ニホンジカによる農林業被害が日本各地で発生している。その対策として,侵入防止柵が設置されているが,シカが柵に生じる隙間を通り抜けて侵入する事例が非常に多く見られる。シカが通り抜けることが可能な隙間の大きさは,これまで調査されていなかった。著者らは飼育シカを使い,行動学的研究によりそれを調査した。その結果,縦長の長方形の隙間では,成獣メスと1歳オスが17.5cm,0歳が15cmの幅まで通り抜けることができた。地際にある横長の長方形も隙間では,成獣メスが27.5cm,1歳オスが25cm,0歳が20cmの高さまで通り抜けることができた。侵入防止柵に隙間が生じないようにメンテナンスすることで,その効果が高まると考えられた。
(キーワード:ニホンジカ,侵入防止柵,農林業被害,鳥獣害,被害対策)
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イノシシから農作物被害を受ける圃場の防衛状態の特徴
農研機構 西日本農業研究センター    石川 圭介
 農業共済組合のイノシシによる水稲への被害データから,被害に遭った圃場の防衛状況に関する特性を調査した。被害は同じ圃場で繰り返し発生することが多く,被害圃場は柵が設置されていない,設置されていたとしても外周の一部に開放部分がある,柵の施工が不適切といった問題があり,被害圃場のすべてに防衛上の不備が認められた。全圃場調査では,柵の開放は家屋および作業小屋との接合部,道路沿い,作業用出入り口,石積み・コンクリート法面,河川・用水路沿いに多かった。不適切な柵の施工は,電気柵では舗装道路等のアース不良場所近くへの設置が,物理柵全般では地際の未固定が多かった。
(キーワード:イノシシ,水稲,鳥獣害,防護柵)
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廃果場,エネルギー獲得効率の高い鳥獣の餌場
―鳥獣害防止にむけて必要なこと―
農研機構 中央農業研究センター     小坂井 千夏
 廃棄作物・果実の適正処理は鳥獣害対策の現場でその必要性が訴えられ続けてきたものの,対策が進んでいない実態がある。そこで,改めて「捨てられた作物の餌としての価値」を具体的に検証することとした。国内で大きな生産規模を持つイチゴの廃棄果実と,庭木としても多く植えられる大型の栽培果実としてカキを例に,これらの果実を食べている際の中型哺乳類のエネルギー獲得効率を調べた。ハクビシンはイチゴ廃果場を一度訪問するだけで1日分のエネルギーをすべて獲得でき,1日に必要なエネルギー量の22%に相当するカキ1個を最短1分で食べる場合があった。捨てる果実であっても,たった1個の栽培果実であっても,エネルギー獲得効率の高い格好の餌となることが科学的に裏付けられた。
(キーワード:廃棄果実(廃果),餌付け,外来種,鳥獣害,エネルギー獲得効率)
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