Vol.5 No.2
【特 集】 国際農林水産業研究の潮流に対応した新たな研究課題


国際農林水産業研究の新たな課題
国際農林水産業研究センター    齋藤 昌義
 国際農林水産業研究は,我が国が国際貢献する上で大きな役割を果たしてきたが,国益に結びつく視点も重視されている。長年にわたる共同研究で大きな成果が得られているプロジェクトが多数あるが,地球規模の課題への対応や世界の食料安定生産に貢献することが求められる。今後,体系的に国際共同研究を推進するためのシステムを構築し,成果の社会実装を目指した取組が重要となる。
(キーワード:国際共同研究,環境問題,食料問題,国際貢献)
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ベトナムメコンデルタにおける温室効果ガス排出削減技術と今後の展開
国際農林水産業研究センター    宝川 靖和
 国際農林水産業研究センター(JIRCAS)はベトナムメコンデルタの水稲作・畜産に焦点を当て,温室効果ガス排出削減技術を開発している。農業分野で実効性のある技術を提案するためには農業者が利益を実感できる技術の開発が必要であるとの考えに基づき,水稲作においては節水栽培技術の導入によりメタン排出を半減しつつ1割の増収が可能であることを現地農家水田で実証し,畜産においては現地で入手しやすい安価な未乾燥ビール粕や油脂の飼料への混合給与により現地牛品種からのメタン排出削減に成功した。これら技術を地域資源の効率的な循環活用の視点で連結することで,さらなる農業者利益の増進と地域の環境保全に資するシステムとして提案できる可能性がある。
(キーワード:技術普及,農業者利益,気候変動緩和策,地域環境,ベトナムメコンデルタ)
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地域作物の開発と利用に向けた研究基盤の整備
−西アフリカのササゲとヤムにおける共同研究−
国際農林水産業研究センター    高木 洋子
 アフリカの地域作物であるササゲとヤムの生産性の向上と利用の多様化に向けて実施した遺伝資源の多様性解析,形質評価と有用育種素材の選定,有用形質の効率的な評価技術の開発,ゲノム情報やマーカー開発など基盤的情報収集と研究のアウトプットを紹介する。
(キーワード:国際農業研究,地域作物,西アフリカ,ササゲ,ヤム)
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早朝開花性イネの育種と国際展開
−開花時高温不稔発生の軽減に向けて−
農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業研究センター    石丸 努
 イネは開花期に高温に対する感受性が最も高い。開花の際に高温ストレスにさらされると,受精不良により不稔が発生するが,近年の温暖化により,将来的にコメの生産性に大きな影響を及ぼすと予測されている。開花時高温不稔の軽減には,気温の低い早朝に開花時刻を調節し,高温に遭遇する前に受精を完了させる早朝開花性が有効であると考えられている。筆者らはイネ野生種のOryza officinalis の早朝開花性を利用し,熱帯・亜熱帯向けの早朝開花性系統の育成に成功した。本稿では,早朝開花性に関わるこれまでの遺伝的・生理的研究の成果と,開花時高温不稔発生の軽減に向けた国際展開について述べる。
(キーワード:イネ,温暖化,開花時高温不稔,高温ストレス,早朝開花性)
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東南アジアの未利用バイオマスからのエネルギー創生技術と環境対策技術
国際農林水産業研究センター    小杉 昭彦
 パーム油は世界で最も利用される植物油脂である。油脂となるパーム果房を生産するパーム幹には経済的生産樹齢があり,植栽から約25年後に伐採され,再植される。国際農林水産業研究センター(JIRCAS)では現地研究機関の協力のもと,オイルパーム伐採廃棄木にグルコースを含む樹液が大量に存在し,かつ伐採後の貯蔵でその糖含量が増加するという独自の知見を基に,日本のエンジニアリング企業と共に,その樹液や搾汁繊維からエネルギー創生および環境対策技術の開発に取り組んだ。大きな環境問題の一つであったパーム廃棄木を有望なバイオマス資源へ変え,かつ周辺地域の環境対策に大きく貢献できることを示した。本成果は現地での実証試験を終え,発電事業や燃料ペレット製造へと動き始めている。
(キーワード:パームオイル,パーム幹,バイオマス,エネルギー,環境)
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東北タイにおけるサトウキビの共同研究
国際農林水産業研究センター    安藤 象太郎・寺島 義文・小堀 陽一
 東北タイはサトウキビの大生産地であるが,株出し栽培の収量が低く回数が少ない。そのため,サトウキビ近縁遺伝資源を利用したサトウキビの改良とサトウキビ白葉病の総合防除体系の開発をタイ農業局やコンケン大学と進めてきた。サトウキビ野生種との種間交配により,砂糖収量は普及品種と同程度で繊維収量が多く,多回株出し栽培が可能な多用途型サトウキビ品種を開発した。また,エリアンサス遺伝資源を効果的にサトウキビ育種に利用するための基盤情報や技術を整備した。白葉病の総合防除体系の確立では,疫学的研究等の感染リスク要因の解析により健全種苗の使用が鍵となることを明らかにし,健全苗生産工程の改良に向けた技術開発を進めている。
(キーワード:サトウキビ,東北タイ,種間雑種,属間雑種,エリアンサス,サトウキビ白葉病)
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東北タイにおけるチーク植栽技術とチーク産業の将来
森林総合研究所    野田 巌
 タイの郷土樹種チークは熱帯の代表的有用樹種で,家具・内装用をはじめ多用途な木材として価値が高い。天然チーク林が減少する一方で,林業樹種としては初期成長が早く収益性も高いため地域農家の生活向上にもつながるとしてチーク造林の関心は高い。タイでも有用郷土樹種として造林されてきたが農家にとって負担の大きい造林経費の軽減,良好な生育にどの程度向いているかの判断技術が課題となっていた。国際農林水産業研究センターとタイ王室森林局が共同した定量的調査研究により,東北タイにおけるチークの萌芽更新技術,チーク植栽の土壌適性判断技術等が開発され現地で活用されつつある。課題はあるが,チーク産業への貢献も期待できる。
(キーワード:農家林業,熱帯林,有用郷土樹種,粗放作業,REDD+)
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ウシエビと未利用海藻の混合養殖技術開発
国際農林水産業研究センター    筒井 功
 熱帯産クルマエビ類の養殖は,世界の海産・汽水産養殖産物の生産量のうち第二位を占める一大産業である。クルマエビ類の集約的養殖は世界のクルマエビ消費を支え,また生産国の外貨獲得手段として重要である一方,養殖池内の環境悪化によるエビ生産性の低下は養殖現場での大きな問題の一つとなっている。これらの解決策の糸口として,東南アジア原産種であるウシエビ(通称:ブラックタイガー)を対象に,零細養殖業者でも実施可能な安価で容易な未利用海藻資源を利用した混合養殖技術を開発している。本技術がエビの生産性改善に及ぼす効果について紹介する。
(キーワード:熱帯産クルマエビ類,混合養殖技術,生産性向上,ウシエビ,ジュズモ属緑藻)
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ラオス中山間地域における焼畑農業の現状と課題
宇都宮大学    安藤 益夫
 アジアにおける後発途上国の一つであるラオスでは,焼畑陸稲作を生業とする山岳少数民族の居住地域に貧困が集中している。メコン川流域などで展開される水田稲作とは対照的に,山岳丘陵地での焼畑陸稲作は,生産基盤整備はおろか作付けの制限や禁止を強いられてきた。貧困からの脱却は,そうした焼畑陸稲作中心の農業経営からの脱却なしには成し得ないものの,その実現は決して容易ではない。なぜなら,その脱却は山岳少数民族の伝統的な生活・文化の否定にもつながりかねず,また一方で,陸稲作を基幹とする限り,傾斜畑での手作業による多労性が,土地利用の集約化や農業経営の複合化の制約となっている。
(キーワード:ラオス,貧困,焼畑,陸稲)
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地域食料資源の高付加価値化による持続的農村発展
国際農林水産業研究センター    中原 和彦
 東・東南アジア地域では,在来農林水産物や伝統発酵食品などの多様な地域食料資源があり,機能性食品やその他新たな加工食品の原料として利用できるものが数多くある。しかしながら,その種類が非常に多いこと,調査が不十分であることにより,地域食料資源の適切な評価,利用・加工に関する情報は限定的である。また,各地の伝統発酵食品の特性を解明することによって,よりよい製造・加工技術を他の地域に普及させることも可能である。これらの課題に対し,各国が協力して取り組むことによって,持続的農村発展を可能にする国際的なフードバリューチェーンの構築が可能になると期待される。
(キーワード:フードバリューチェーン,地域食料資源,高付加価値化,発酵食品,機能性)
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