Vol.31 No.3
【特 集】 最新の農林水産研究トピックス


複数の病害に対する極めて強い抵抗性を与えるイネの遺伝子WRKY45の発見とその利用
(独)農業生物資源研究所 植物科学研究領域    高辻 博志
 BTHなどの植物活性化剤は,植物の病害応答機構に作用し,プライミング効果によって植物の病害抵抗性を高める。筆者らは,イネにおいてBTHにより発現誘導される転写因子WRKY45を同定し,この転写因子がBTHによるいもち病抵抗性誘導に必須であることを見出した。 WRKY45の遺伝子をイネで恒常的に発現させた形質転換イネは,糸状菌病のいもち病および細菌病の白葉枯病の両方に極めて強い抵抗性を示した。またプライミング効果により,生育や稔性に対する影響が比較的小さい。WRKY45の機能を詳細に明らかにし,それに基づいて組換え遺伝子を最適化することにより,WRKY45の機能を最大限に利用した耐病性イネ科作物を作出したいと考えている。
(キーワード:植物活性化剤,誘導抵抗性,転写因子,いもち病,白葉枯病)
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日本酒,ワインから原料植物の品種を判別する技術の開発
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 食品総合研究所 食品素材科学研究領域
大坪 研一・中村 澄子・原口 和朋
 日本酒やワインのDNAを分析して,原料となった酒米やブドウの品種を判別する技術を開発した。農産物のDNA品種判別技術が開発されつつあるが,原料のDNA抽出が難しい加工品への適応は,難易度が高い。 特に,日本酒は,発酵によるDNAの分解,発酵微生物のDNAの混在,PCR阻害物質の共存などの理由により,これまで原料米の品種を判別することができなかった。このたび,日本酒から原料米由来のDNAのみを抽出,増幅する手法を開発し,DNAにより原料米品種を判別する技術を開発した。なお,この技術は,ワインから原料ブドウ品種を判別する手法としても応用可能である。
(キーワード:品種判別,DNA判別,コメ,日本酒)
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低濃度エタノールを用いた新規土壌消毒法の開発
(独)農業環境技術研究所 有機化学物質研究領域    小原 裕三
千葉県農業総合研究センター 暖地園芸研究所    植松 清次・田中 千華
日本アルコール産業株式会社 新規事業部    佐藤 理恵子
現山梨大学 工学部附属ワイン科学研究センター    佐藤 充克
 連作に伴って発生する土壌病害虫を防除するため,臭化メチルによる土壌くん蒸消毒が広く行われてきた。しかし,臭化メチルはオゾン層破壊物質であり, モントリオール議定書締約国会議において2005年に使用が禁止されたため,新たな土壌消毒技術が求められている。 本土壌消毒技術は,原料アルコールの蒸留精製時に生じる副生アルコールもしくは原料アルコール(エタノール)を水で2v/v%(体積濃度)程度もしくはそれ以下の濃度に薄めて,灌水装置により畑土壌が湛水状態になるまで処理した後,農業用ポリエチレンフィルムで土壌表面を1週間以上覆うという低コストで簡便な技術で,新たな土壌消毒技術として実用化が期待できる。
(キーワード:土壌消毒法,低濃度アルコール,臭化メチル,連作障害)
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イネにおいて明らかとなった花成ホルモン−フロリゲン
奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科    島本 功・玉置 祥二郎
 植物の花成を誘導することができるホルモンとしてフロリゲンの存在が初めて提唱されたのは1930年代のことである。それ以来約70年にわたりその実体は不明のままであった。 今回,われわれはイネの花成促進遺伝子Hd3aがイネの花成をどのように促進しているかについて,その分子メカニズムを明らかにする研究を通じてHd3aがコードするタンパク質こそがフロリゲンの実体である可能性が高いことを明らかにした。 この遺伝子と相同な機能を持つ遺伝子はイネだけでなく他の植物にも広く保存され,Hd3a同様,花成促進の効果があることが明らかとなっている。今後フロリゲンを利用した植物の花成制御の技術の進展が期待される。
(キーワード:花成誘導ホルモン,イネのフロリゲン,花成促進遺伝子Hd3a,光周性花成反応)
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開花せず花粉を飛散しにくいイネの突然変異体と原因遺伝子の同定
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センター    吉田 均
東京大学大学院 農学生命科学研究科    長戸 康郎
 イネの花には,花びらに当たる「鱗被」という器官があり,普通のイネは,鱗被が膨らんで穎もみがらとなる部分)を外側に押し出すことによって開花し,おしべを外側に出して花粉を飛散させる。 筆者らのグループでは,開花期に穎の外におしべを出さないが,正常に稔実するイネの突然変異体spw1-clsを発見した。この変異体では,鱗被が変形しているため,膨らむことができず,穎を開くことができない。 さらに,この閉花受粉性の原因遺伝子が,鱗被の形態を決定するSUPERWOMAN1(SPW1)遺伝子であることを突き止めた。遺伝子組換えイネを始めとする多様な場面において,花粉飛散によるイネの交雑を抑制する技術としての活用が期待される。
(キーワード:イネ,閉花受粉性,突然変異体,SUPERWOMAN1遺伝子,鱗被)
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イネ全長ゲノムの配列情報解析による全遺伝子像の解明
(独)農業生物資源研究所 基盤研究領域    伊藤 剛・田中 剛
 イネはわが国にとって最も重要な作物の1つであり,基礎研究の推進は世界的にみても喫緊の課題である。分子レベルでのあらゆる研究の基盤となるゲノム全塩基配列が日本を中心とするグループによって決定されたことを受け, われわれは配列情報解析のための国際共同計画を新たに立ち上げた。イネゲノム中の遺伝子はおよそ32,000個と見積もり,幅広い分野の専門家の協力を得て詳細に機能記載し,さらには他生物種との比較解析を行った。 種間で保存されている遺伝子セットを明らかにすると同時に,イネに特異的な遺伝子を5,000個以上発見している。これらの情報は今後,分子レベルでのイネ研究を支える基礎となるものである。
(キーワード:ゲノム,塩基配列,アノテーション,遺伝子数)
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製粉性およびめん色に優れ,多収な秋まきコムギ新品種「きたほなみ」
北海道立北見農業試験場 作物研究部 (農林水産省小麦育種指定試験地)
吉村 康弘・中道 浩司・小林 聡・西村 努・池永 充伸・佐藤 奈奈
 「きたほなみ」は日本めん用の秋まきコムギ新品種である。北海道のコムギ作付の大半を占める「ホクシン」と比較して,原粒灰分含量が低く,製粉性に優れる。粉色が良好で,製めん性が優れ,ゆでうどんの官能試験では西オーストラリア産「ASW」に匹敵する結果となった。各種病害抵抗性や穂発芽耐性についても「ホクシン」より優れ,多収である。「きたほなみ」を「ホクシン」の一部に置き換えて普及することにより,北海道産コムギの品質および生産の安定性向上,生産コストの低減が図られると期待される。
(キーワード:コムギ,製粉性,粉色,製めん性,多収)
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耐病性形質識別マーカーを用いた魚類の分子育種法に関する研究
東京海洋大学 海洋科学部    坂本 崇
 水産養殖においては,生産過程で毎年疾病が発生し,養殖現場で大きな問題となっている。魚病被害の軽減には,耐病性系統の効率的育種が有効であると考えた。 そこで水産養殖魚において遺伝情報解析基盤を構築し,耐病性形質の次世代への伝達を識別可能な遺伝マーカーによる分子遺伝情報を活用した分子育種技術の開発を試みた。 筆者らは,マイクロサテライトマーカーを用いた連鎖地図を養殖魚類において世界で初めて作成した。またその連鎖地図を基に,疾病に対する抵抗性遺伝子座を世界で初めて報告し,さらにこの育種技術が実用化できるレベルにあることを示した。
(キーワード:水産養殖,魚類,育種,耐病性形質,遺伝)
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新規探索法による新しい植物病害抵抗性誘導物質の発見
(独)農業生物資源研究所 植物科学研究領域    瀬尾 茂美
 作物の環境低負荷型病害防除手法として,病原体を直接殺す殺菌剤などに代わり,植物が本来有する病害抵抗性を高めて病気を防ぐ病害抵抗性誘導剤の開発に期待が集まっている。 しかし,実際に候補物質と病原体を植物に与えて調べるという従来の探索法は多大な時間と労力を要することもあり,実用に耐えられる病害抵抗性誘導物質が見付かった例は少ない。 筆者らは,病害抵抗性に関係する植物体内にある1酵素の活性を高める化学物質を単離し,それが実際に病害抵抗性を高めることを確認した。また,この発見の際の手法を一般化し,同様の性質を示す物質の効率的な探索法を考案した。 これらの知見は抵抗性誘導を使った農薬の開発につながるものと期待される。
(キーワード:病害抵抗性誘導物質,環境低負荷型病害防除,タンパク質リン酸化酵素)
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シロアリの卵保護行動の解明と卵認識フェロモンの特定
−卵擬態菌核菌の生態から見える新たなシロアリ駆除技術の可能性−
岡山大学大学院 環境学研究科    松浦 健二
 シロアリは被害の甚大さと予防,駆除の困難さの点でみれば,最も厄介な害虫の1つである。シロアリの社会行動を強力にコントロールできるフェロモンとして特に注目されてきた卵認識フェロモン(TERP)の同定に挑戦し,抗菌タンパク質のリゾチームがシロアリの卵認識フェロモンであることを特定した。このリゾチームによって,シロアリは卵を病原性バクテリアから保護するとともに,卵を認識するフェロモンとして利用していることが判明した。この発見は昆虫フェロモンの進化プロセスを解明する上でも重要な意味を持つ。このフェロモンによって,殺虫活性物質を含有させた擬似卵を巣の生殖中枢に運搬させることができ,新たな駆除技術への応用も可能である。
(キーワード:シロアリ,卵保護行動,フェロモン,ターマイトボール,菌核菌)
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