Vol.30 No.3
【特 集】 農林水産省における最新の研究トピックス


ニホングリ新品種「ぽろたん」
(独)農業・生物系特定産業技術研究機構 果樹研究所
平林 利郎・佐藤 明彦・澤村  豊・高田 教臣
 ニホングリはわが国原産の果樹として古くから栽培され,秋の味覚の代表の1つとされている。しかしニホングリは天津甘栗などに使用されるチュウゴクグリと比べて果実は大きいものの, 渋皮の剥皮性が悪い点が大きな欠点とされ,加工利用や家庭消費の障害となっている。このため果樹研究所において渋皮剥皮性の良いニホングリの育成を目的として交雑・選抜を行ってきた結果, 画期的なニホングリ新品種「ぽろたん」の育成に成功した。本品種は,オーブントースターや電子レンジで加熱することで簡単に渋皮をむくことができ, 今後ニホングリの消費拡大やクリ産地の活性化に大いに寄与することが期待されている。
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ウシへの牛海綿状脳症(BSE)実験感染と臨床症状
北海道立畜産試験場    福田 茂夫
 ウシへのBSE感染脳乳剤脳内接種法として,2mm精密ピンドリルと18Gカテラン針を用い,子ウシの前頭骨から脳幹部に向けて脳乳剤を接種する技術を確立した。 この脳内接種法により針先は脳幹部に到達し,また接種した脳乳剤のほとんどは脳脊髄液に拡散することを確認した。2004年2月より, 2〜4カ月齢のホルスタイン種雌ウシにBSE国内例または英国例の10%脳乳剤を脳内接種し,BSE実験感染牛を作出した。2005年9月(接種19カ月後), BSE脳乳剤脳内接種牛3頭に姿勢の変化,音に対する過敏反応などの症状が現われ,国内では初めてBSEの臨床症状が観察された。 解剖後の脳組織より異常プリオンタンパク質を検出し,牛海綿状脳症(BSE)感染を確認した。
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イノシシから農地を守る「金網忍び返し柵」
−効果的で設置が容易な防護柵の開発−
(独)農業・生物系特定産業技術研究機構 近畿中国四国農業研究センター     竹内 正彦
麻布大学 獣医学部     江口 祐輔
 イノシシの感覚や運動能力の研究に基づき,効果的で設置が容易な侵入防護柵を開発した。高さ1m,幅2m,10cm格子,線径4mmの溶接金網を用い, その上部30cmを外側に20〜30度折り返すことで飛び越し侵入を防ぐことができた。この柵は市販の建築資材を使い簡単に自作できる。 資材費は100m当たり3〜6万円でトタン柵並である。耐久性は10年を見込め,電気柵と比べても強度や管理面で有利である。
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稲発酵粗飼料を用いた肉用牛の飼養技術を開発
(独)農業・生物系特定産業技術研究機構 畜産草地研究所    中西 直人
(独)農業・生物系特定産業技術研究機構 中央農業総合研究センター     石田 元彦
 稲発酵粗飼料は,水田転作として作付けされた飼料イネを糊〜黄熟期に収穫し,サイレージにしたものである。 稲発酵粗飼料を給与した繁殖雌ウシの子ウシ生産性および育成牛の発育は良質乾草を給与した場合と同等であった。肥育の全期間で稲発酵粗飼料を給与した結果, 牛肉の歩留基準値と枝肉重量が多かった。また,牛肉中のビタミンE(a-トコフェロール)含量が高いことから抗酸化作用による肉色の保持が期待できる。
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海のミジンコ海深くCO2封印
−地球規模の炭素循環に重要な役割−
(独)水産総合研究センター 東北区水産研究所    齊藤 宏明
 水産総合研究センターと東京大学海洋研究所の共同研究グループは,北太平洋に分布するミジンコに似た動物プランクトンの「ネオカラヌス」が, 二酸化炭素(CO2)を海洋表層から深層に輸送・隔離する機能を持つ点に注目し,その輸送量を推定した。その結果,北太平洋において, 年間5億9,000万tの二酸化炭素がネオカラヌスによって表層から深層へ輸送され,貯蔵されていることが明らかになった。 これはわが国が化石燃料燃焼によって放出する二酸化炭素量の46%にも相当する。従来,地球規模の炭素循環を検討する際に動物プランクトンが考慮されることはなかったが, 本研究によって,海洋の動物プランクトンの役割が無視できないほど大きいことが明らかになった。動物プランクトンはさまざまな要因によって増減することが知られている。 地球温暖化予測とその影響評価のためには,地球規模の炭素循環を精度良く把握することが重要であるため, 自然の環境変動や温暖化の進行によって動物プランクトン生物量がどのように変化するかを注意深く監視する必要がある。
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農耕地から発生する温室効果ガスである亜酸化窒素の発生量を正しく推定
−施肥法改善による抑制の可能性も明らかに−
(独)農業環境技術研究所    秋山 博子・八木 一行
 農耕地土壌は温室効果ガスである亜酸化窒素の主要な発生源である。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)では,国別の温室効果ガス排出・吸収目録の作成のためのガイドラインにおいて, 基本の排出係数であるIPCCデフォルト値を定めている。われわれの研究により,水田から発生する亜酸化窒素の排出係数は0.31%と推定され, これまでのIPCCデフォルト値(1.25%)よりも大幅に低いことが明らかになった。この研究結果は,2006年のIPCCガイドラインの改訂に貢献した。 また,わが国の畑土壌の約50%を占める黒ボク土畑において,被覆硝酸肥料を用いることで亜酸化窒素の発生を抑制できる可能性を示した。
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植物ホルモンの情報伝達ネットワークを利用した乾燥耐性植物の開発
(独)国際農林水産業研究センター    藤田 泰成
東京大学大学院農学生命科学研究科     篠崎 和子
 植物は,乾燥ストレスを受けると,植物ホルモンの1種であるアブシシン酸を蓄積し,それが引き金となって乾燥ストレス耐性遺伝子群の働きが活性化する。 このアブシシン酸を介した情報伝達ネットワークに注目して,乾燥ストレス耐性遺伝子群を制御しているシロイヌナズナの転写因子AREB1の機能解析を行い, これを利用することにより乾燥ストレス耐性植物の開発に成功した。転写因子AREB1の相同遺伝子は,イネなど広範な植物種において見出されており, アブシシン酸を介した乾燥ストレス応答機構において中心的な役割を果たしている制御因子であると考えられる。今後,種々の作物で応用され, AREB1遺伝子を利用した乾燥ストレス耐性作物が開発されることが期待される。

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イネ栽培化の鍵となった脱粒性遺伝子のDNA変異の同定と利用
(独)農業生物資源研究所    井澤  毅・矢野 昌裕
(社)農林水産先端技術研究所     小西 左江子
 作物としての成り立ちに脱粒性の喪失は必須である。脱粒性に大きな違いがあるイネのジャポニカ品種「日本晴」とインディカ品種「カサラス(Kasalath)」の間に見出された量的形質遺伝子座(QTL)の1つであるqSH1遺伝子を単離することで, 日本で栽培されているジャポニカ品種の栽培化において脱粒性喪失過程の鍵となったDNA変異を同定した。この変異を利用したゲノム育種によって脱粒しやすいインディカ品種を難脱粒性に変える改良が可能となる。 今後,インディカ品種の機械による収穫スタイルの普及が予測されるが,脱粒による収穫減を改善することで,近い将来の深刻な国際的穀物不足に対する貢献が期待できる。
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輸入アサリの迅速判別法の開発
(独)水産総合研究センター 瀬戸内海区水産研究所    浜口 昌巳
 現在,国内で流通しているアサリの生鮮品の約半数以上は輸入アサリである。しかし,改正JAS法による産地表示が正確になされていない事例がある。 そこで,(独)水産総合研究センターと東和科学株式会社が共同でアサリのミトコンドリアDNAの全長解析を行い,産地データベースを構築するとともに, さらに詳細な産地判別が可能となるマイクロサテライトマーカーの開発を行った。その結果,国産アサリと輸入アサリのうち約70%を占める中国産アサリの迅速判別法を開発するとともに, その他の輸入アサリにも対応可能な判別マニュアルを作成した。今回開発した中国産アサリの迅速判別法は,加工食品にも適用可能であり, 将来予想される加工品などの原材料表示にも使用できる。
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寒締めでホウレンソウの硝酸含量が低下
−良食味で安全・安心な冬野菜の生産−
(独)農業・生物系特定産業技術研究機構 東北農業研究センター    青木 和彦
 東北農業研究センターでは,これまで,ハウス内温度を低く保つ「寒締め」栽培によりホウレンソウの糖度・ビタミン・食味が向上することを明らかにしてきた。 一方,野菜に含まれる硝酸は,幼児が過剰に摂取した場合,健康に害を及ぼすことがあるため,その含量を低減する技術が求められている。 今回の研究で,収穫前の気温・地温が低いほど,ホウレンソウの硝酸含量が低下することを明らかにした。寒締めを活用することで硝酸含量を低減し, 良食味で安全・安心な冬野菜の生産が可能である。
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パラポックスウイルス感染症の新しい診断法開発
岐阜大学応用生物科学部    猪島 康雄
 パラポックスウイルス(PPV)感染症の新しい特異的診断法の開発を試みた。はじめに,家畜,野生動物ともに利用可能な血清診断法の開発に成功した。 家畜と野生動物における血清疫学調査に利用し,国内のPPV浸潤状況を明らかにした。次に,あらゆる種類のPPVを検出, かつ類似疾患との鑑別を可能にする特異的迅速遺伝子診断法の開発に成功した。野外発症例においてその有用性を実証するとともに, PPV全体の遺伝学的差異を明らかにした。続いて,分離したPPVの分類に必要なウイルスDNAの簡易抽出法,さらに,ウイルス分離を必要としない簡易ウイルス分類法を開発した。 これらの診断法は現在,全国の病性鑑定施設においてPPV感染症診断手法の1つとして広く利用されている。
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フタスジヒメハムシ幼虫による大豆根粒食害の解明とその対策技術の開発
愛知県農業総合試験場    武井 真理
 愛知県においては,ダイズは水田転作の主作物で,水田農業における経営の大きな柱となっているが,単収が全国平均より低く,その要因解明と収量改善が, 営農現場から強く求められていた。そこで,筆者らは数百に及ぶ農家のダイズ栽培圃場を継続的に調査して,低収の一因がフタスジヒメハムシ幼虫による根粒食害であることを明らかにした。 さらに,その対策として,播種と同時に種子の近傍に施薬する「播種溝条施」技術を実用化し,本技術によりフタスジヒメハムシの発生が抑制され, 増収することを大規模な農家圃場試験で確認した。既存の装置を利用する本技術は容易に導入可能な低コスト技術で,増収効果が確実に認められたことから急速に普及が拡大している。
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ダイズ多糖類の分子構造の解析と食品機能性素材としての利用
不二製油(株) フードサイエンス研究所    中村 彰宏
 未利用資源であるオカラから抽出したダイズ多糖類は,ドリンクヨーグルトの安定剤や食品香料の乳化剤に利用されている。 これらの機能はダイズ多糖類の分子構造と密接な関係があり,構造を改変することで新たな機能の開発も可能になると考えられる。そこでダイズ多糖類を細胞壁分解酵素で段階的に分解し,分解物の構造を質量分析装置で網羅的に分析することでダイズ多糖類の全体構造を解明した。また,ダイズ多糖類で安定化したタンパク質およびO/W乳化物を動的光散乱法で分析し,分散安定剤および乳化剤として機能する糖鎖構造とメカニズムを解明した。さらに,糖鎖を部分分解することで分散能や乳化性が向上することを見出し,機能の改変が可能になった。
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