Vol.28 No.9
【特 集】 作物育種におけるDNAマーカーの利用


下記文中の「(独)農・生研機構」は「独立行政法人 農業・生物系特定産業技術研究機構」の略です。

DNAマーカーを用いた効率的育種技術の開発と実用化
千葉大学園芸学部    原田 久也
 DNAマーカーを形質の選抜に用いる技術は,形質転換と並んで育種の革新的な手法として期待されている。目的の形質に強く連鎖したDNAマーカーあるいは形質遺伝子の塩基配列から作出されたDNAマーカーがあると, 正確で効率的な選抜が可能になるが,育種において,DNAマーカー選抜を利用するためには,作物やゲノム情報に応じて用いるDNAマーカーの種類, 密接に連鎖したDNAマーカーの同定法,効率的なタイピングの手法を検討する必要がある。
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稲育種におけるDNAマーカー利用の現状と展望
(独)農・生研機構作物研究所    安東 郁男
 イネでは全ゲノム塩基配列が解読されたことから,塩基配列情報に基づいてターゲットとする染色体領域にDNAマーカーを設定することができるようになった。 RFLP(制限酵素断片長多型)マーカーに加え,SSR(単純反復配列)マーカー,SNP(一塩基多型)マーカーなどPCR法で検出でき, かつ近縁品種間でも比較的多型を示すDNAマーカーが多数開発されている。これらを利用して耐病虫性や耐冷性の詳細なマッピングが進み, すでに実際の品種育成にDNAマーカー選抜育種(MAS)が導入されつつある。さらに食味,品質や収量性などの複雑形質のQTL(量的形質遺伝子座)解析へと研究が展開されている。 染色体部分置換系統群(CSSLs)のような育種素材の整備も進んでいるため,現在それらを活用した複雑形質のQTL解析や新規遺伝子の同定が進められている。 その過程では準同質遺伝子系統(NIL)が生み出され,さらに遺伝子集積系統へと育成が進み,近い将来MASによる実用品種が続々と育成されるだろう。
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麦類品種育成のためのDNAマーカー選抜
(独)農・生研機構 東北農業研究センター    中村 俊樹・米丸 淳一・石川 吾郎
 麦類におけるDNAマーカー選抜は,国内外で徐々に事業育種にも導入され始めている。しかしながら,全体的に見た場合, まだDNAマーカー作製に必要な基盤情報の整備の段階と言える。その大きな原因は,イネのゲノムサイズの10倍から40倍に及ぶ麦類のゲノムサイズが遺伝子解析, ゲノム解読を困難にしていることにある。この課題を解決する策の一つとして,完全解読が行われたイネゲノム情報の活用がある。
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野菜におけるDNAマーカー育種の現状と展望
筑波大学大学院生命環境科学研究科    大澤  良
 野菜におけるDNAマーカーの利用の目的は,本質的にはイネや麦類と変わらない。しかし,現状では,野菜育種におけるDNAマーカー選抜の実例がいまだ少ない。 生殖様式が他殖性のものが多い野菜の育種においては,個体ごとの遺伝子型に基づく適切な遺伝資源の評価が必要であり, 集団内にヘテロ性が保持されている場合の品種判別には集団遺伝学的手法が役立つと思われる。あるいは品種判別用DNAマーカーを付与する育種操作が有効であろう。 有用遺伝子の選抜に不可欠な他殖性における連鎖地図作成手法も改良されつつある。
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ダイズにおけるDNAマーカー育種の現状と将来への展望
(独)農・生研機構 北海道農業研究センター    石本 政男
 東アジアに起源するダイズは,油脂・タンパク質源として世界的に重要性が高まっている。わが国での自給率は約4%,食品用に限っても25%であり, 安定多収と用途に応じた高品質を実現する品種の開発が求められている。DNAマーカーを用いた選抜技術は有用形質の選抜と集積を効率化し, 生産現場で求められている品種の迅速な開発を可能にする技術として注目されている。すでに,わが国においても病害虫抵抗性を中心にDNAマーカー選抜が育成事業に取り入れられつつある。 しかし,品種育成の効率化,加速化に貢献するためには,基盤技術の一層の進展を図るとともに,研究機関を超えて情報と技術を共有化し, 品種育成事業にシステムとして組み込む必要がある。
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リンゴ育種から見るDNAマーカー技術の現状と展望
青森県農林総合研究センター りんご試験場    深澤(赤田) 朝子
 今から約60年前にわが国で生まれた「ふじ」が,昨年生産量で世界第一位の座についた。リンゴ育種がわが国でスタートしてから80年, 世界初の計画的交雑育種の試みから200年が経過するが,幼若期が長く品種化に20年以上かかる世代時間を考えると,1年生作物なら10〜20年相当の時間である。 イネゲノム研究とは比べようもないが,近年リンゴでも有用形質のDNAマーカーがいくつか開発され,染色体連鎖地図も充実してきた。 実用形質のマッピングがこれからの課題であるが,遺伝解析や育種が容易でない作物ゆえに,マーカー選抜技術やマーカーがもたらす遺伝的情報の利用メリットは大きく, 今後の展開に期待が寄せられる。
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チャのクワシロカイガラムシ抵抗性DNAマーカー選抜と将来展望
(独)農・生研機構 野菜茶業研究所    田中 淳一
 チャでは一栄養系品種「やぶきた」が品種栽培面積の80%以上を占めている。近年,優良な品種が育成されるようになったが, やぶきたの最大の欠点とされる病虫害抵抗性の問題をクリアしているとは言い難い。チャ育種には品質・収量でやぶきたを凌ぐのみならず, 耐病性,耐虫性を有しクリーンな製品を生産できる品種が求められている。チャの栽培において,その対策に最も多くの農薬が使用されているのはクワシロカイガラムシである。 この害虫に抵抗性の遺伝子がDNAマーカーを用いて見出された。さらに,この遺伝子に連鎖するDNAマーカーを用いた選抜法が開発・実用化されており, この方法を利用した品種の育成が待たれる。
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飼料作物におけるDNAマーカー育種の現状と展望
山梨県酪農試験場    藤森 雅博
 大部分の飼料作物は,他殖性作物であり,倍数性が高いことなどから,ゲノム研究を行うには大きな制約がある。また,草種当たりの研究者が少ないことから, 研究が遅れていた。しかし,近年,飼料作物においても牧草独自のDNAマーカーが開発され,比較的容易に連鎖地図を作製することが可能となった。 飼料作物においても,農業上重要な有用形質(環境適応性,耐病性,出穂期,飼料品質など)の連鎖解析が行われ,主働遺伝子やQTLが次々と明らかになっている。 また,一部の草種(ライグラスなど)においては,同定した遺伝子を利用しての育種が始まっている。
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