Vol.26 No.12
【特 集】 食の安全・安心のためのトレーサビリティシステム


食品の安全性、信頼性の向上とトレーサビリティ
京都大学大学院農学研究科    新山 陽子
 トレーサビリティとは,製品およびそのロットを固有の識別番号と取扱記録によって識別管理し,どこからきてどのような状態であったのか川上方向へ履歴をたどり, またどこに所在するのか川下方向へ行き先を追跡することを可能にするシステムである。最低限の取扱記録は,原料,半製品,製品相互の識別番号の対応づけ記録, 原料とその仕入れ先,製品とその販売先の識別番号の対応記録である。トレーサビリティは,(1)事故の際の迅速な製品回収,原因究明,(2)表示の信頼性の向上, (3)製品在庫・物流管理,HACCP,ISO9000sなどの工程管理システムの効率性の向上,などに寄与する。
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新たな食品安全行政とトレーサビリティ
農林水産省 消費・安全局    富山 武夫
 BSE問題や食品の虚偽表示問題などに関連して,「食」と「農」に関するさまざまな課題が顕在化しているなかで,食品の安全性の確保に関する施策を総合的に推進するために, 本年5月に食品安全基本法が制定され,食品安全行政推進のため食品安全委員会が発足した。農林水産省においても新たに消費・安全局を設置し,体制を整備するとともに関係個別法の改正, リスク管理対策の強化など施策の見直しを行ったところである。

 こうした取り組みの1つとして,消費者の安心・信頼の確保にむけたトレーサビリティシステムの構築を目指したモデル実証試験や導入促進,普及啓発を推進している。
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農産物の品質と信頼度を高める生産流通技術
(独)中央農業総合研究センター    佐藤 和憲
 農産物トレーサビリティシステムの確立には,情報媒体,自動認識,通信・ネットワーク,データベース,セキュリティの情報処理技術の応用が効果的である。 ただし,工業と比較すると,生産管理や物流管理の仕組みが未確立なため,農業生産の特性や農産物の物流特性に応じたシステムを一から構築する必要がある。 既に,農業生産の特性に応じて,現場でのデータ入力を可能とする携帯電話を利用した記録・保管システムが開発されているが,操作性などについて改良が必要である。 また,物流面ではロット分割・統合にも柔軟に対応しうる識別および記録・保管のシステム開発が必要である。
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物流現場のトレーサビリティ
(株)日立製作所 IDソリューション統括本部    藤 五郎太
 農産物トレーサビリティの話題の主流は,生産物履歴情報の構築とその伝達方法というところにある。RFIDなどで生産物にIDを取り付け,そのIDをもとに生産履歴を参照するという方法である。 しかしながら,物流が整備されていないと,せっかくの生産履歴やID付けも意味をなさない。(株)全通(以下,全通)では,物流システムを通じて生協のトレーサビリティを側面から支援している。 現在のシステムは,生産地と宅配先の一対一対応まで進化している。生産地で生産者カードを同梱し,小分けパック時にその生産者カードを入れる。それを産地ごとにピッキングする。 圃場と消費者の一対一対応を目指して方式を検討中である。
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生産履歴記帳連動支援システム
全国農業協同組合中央会    東野 裕広
 JAグループでは生産履歴記帳運動を展開している。生産履歴記帳運動は農家およびJAにおけるトレーサビリティ構築に向けた取り組みであり,これらを支援するシステムとしてJA栽培履歴データベースおよびJA集出荷履歴データベースを開発した。 トレーサビリティでは事業者間の連携が大きな課題となるが,IT技術を駆使しなくとも有機食品における「認証の鎖」の考え方を応用することで,多くの問題が整理できる。 しかしながら,特に米においては数千名の農家の栽培情報をいかに管理するかは大きな課題であり,IT技術を利用した現実的な手法が求められる。また,個々の事業者の検査体制を強化することもトレーサビリティでは重要である。
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牛のトレーサビリティ
(独)家畜改良センター    鈴木 一男
 牛のトレ−サビリティを担う現行の牛の個体識別システムは,平成13年の秋にわが国で初めて確認されたBSE(牛海綿状脳症)を契機に,この疾病の関連牛を速やかに特定し, 必要な防疫対策を講じることを主たる目的として,既存の関連事業を加速して実施することにより緊急に整備されたシステムである。このシステムの稼働により, 現在ではBSE一次検査陽性牛の確認から確定診断が下されるまでの間に,当該牛の個体情報および移動履歴,飼養農場の情報,当該農場の繋養牛とその移動履歴などが検索され, 当局への情報提供が可能となっている。また,国内のほとんどすべての牛の情報が蓄積されていることから,個体識別番号を用いてインターネットの検索サイトから誰でも牛の情報を入手できるようにもなっている。 今後は,牛がと畜された後においても,個体識別番号が枝肉−部分肉−精肉という形の流通過程で伝達され,最終購買者がその牛の情報を個体識別番号を手がかりに入手できることとなる。 また,牛の個体情報と併せてその牛がどんな飼料を食べたか,どんな医薬品を投与されたかといった飼養管理情報を付加して提供していこうという試みも始まっている。
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長野県の牛肉トレーサビリティ
長野県食肉消費対策協議会    小市 卓男
 BSE問題で牛肉離れを起こした消費者の信頼を回復し,県産牛肉の消費拡大を図るため,県産牛肉の生産についての正確な情報を消費者に届ける仕組みを構築した。

 この事業は,生産者,品種,生年月日などの情報を伝える「長野県産牛肉履歴書」を牛1頭ごとに作成し,個体の確認番号を印字したシールを小売店の牛肉パックに貼付し, 消費者がシールの番号と店頭掲示の同一番号の履歴書とを照合することにより,その牛肉の履歴が分かるというシステムである。また,このシステムの信頼性を確保するため,と畜時と店頭のサンプリングの同一性をチェックする遺伝子検査による検証まで組み入れた。
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青果物のトレーサビリティ
青果物EDI協議会事務局    渡辺 勉
 トレーサビリティシステムはリスク管理を行うインフラとしての役割を持つ。トレーサビリティシステムだけでは安全をつくり込むことはできない。 導入に際しては安全のつくり込みも同時に行う必要がある。食に対する消費者の不信は生産,流通などのサプライ側と消費者のコミュニケーションの不足が原因と考えられるので, 導入により信頼のサプライチェーンを構築することが必要と考える。運用にはコストや労力がかかるので実用的なシステムとすべきである。本トレーサビリティシステムは生産から流通, 小売,農業資材などの企業・団体が横断的に集まる,青果物EDI協議会のもとで開発し,実証した。
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加工食品のトレーサビリティ
(財)食品産業センター    大西 吉久
 食品の安全・安心に対する信頼性が大きく揺らいでいる今日,基本的に食品の安全・安心を見直し,消費者の信頼を取り戻そうとして,加工食品製造業界でもトレーサビリティの導入に取り組もうとしている。 しかしながら,世の中,トレーサビリティに対する誤解があるように見うけられる。実際トレーサビリティを導入するにあたり,(財)食品産業センターの実証試験などの経験から得た知見を基に, 導入上の問題点,トレーサビリティの基本的仕組み,情報管理の形式,情報の伝達手段,中小企業が取り組めるシステムの試行などについて記す。
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海面養殖業のトレーサビリティ
三重大学 生物資源学部    長谷川 健二
 海面養殖業は,これまでも「安全・安心」に関して国民の危惧を招いてきた。とくに魚類養殖業の場合,養殖業者の水産医薬品の多投与と結びつき消費者のなかに「薬付け」というイメージが定着した。 こうした悪イメージを払拭するためには,養殖業者自身の信頼の回復と消費者に対する情報開示が養殖段階から必要である。

 最近,BSE問題の発生を契機としてトレーサビリティの導入が推進されており,養殖水産物に対しても早急に導入の必要性が叫ばれている。 しかし,そのためには,技術的な問題があるが,それ以上に本稿で指摘しているように流通システム上の問題が大きな障害となっている。したがって現在の段階では, まずは,生産段階での生産履歴の開示を可能にするシステムの導入が現実的であろうと思われる。
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